ワイルドでピュアな毎日を
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2013年08月28日 (水) | 編集 |
夫婦とは?

ずっと昔、チャーミーグリーンという食器洗い洗剤のCMで、若い夫婦が手をつなぎスキップしていると、年輩の夫婦が手をつなぎ同じくスキップし始める…

そんなCMあったのを覚えていますか?

微笑ましくて可愛くて大好きでした

一生結婚するつもりなかったのに、おじいちゃんとおばあちゃんになったら、絶対こうなりたいと思ったのを覚えています

さらに
手をつなぎ…大切な子供達が巣立った二人だけの我が家へ、一緒に帰るのを当然として思い描いていたご夫婦がいます
でも、叶わなかった…

本日、裁判所へ行ってきました。

故意も過失も…もちろん悪意がなくても、人の命は奪えます。
ほんの少しだけ冷静な判断力を…平常心を…当たり前の決まり事を見失うだけで。

私もほぼ市内だけで毎月1000kmを超える、生活に密着した便利な乗り物

しかし車は、一瞬の不注意で“走る凶器”と化すことを、十分に理解して乗らなければなりません

ゲームじゃないから…
無かったことにできない後悔の一瞬は…やり直せない…リセットできないのです

いくら悔いても、詫びても、苦しんでも、言い訳…もしくは情状酌量を狙う手段とされてしまう立場。
被告人は、どんな理由を述べても、何をしても…罪を犯した側。

原告側…奇しくも遺族となってしまった方々は、許せない気持ちだけではなく、相手の立場と置き換えた時に心情を察することができたとしても、情状を考慮することを求めるのではなく、法に従い厳罰を求刑する側でなければならない。

良心の呵責…

文字としての意味を、頭で理解していたはずだった様々な言葉の意味や重さを、心で受け止め実感する時間でした。

そして、被告には「苦しみを相談し一緒に償う相手」がいるのに、原告には「苦しみを一緒に受け止める相手」がいない。

法律は誰にも平等に存在し、誰に対しても厳しい。

訴える側の原告にも、訴えられる側の被告にも、傍聴人としてでさえも、存在したくないと思い知らされました。

事件や事故さえなければ
当事者は今日も、裁判所ではなくいつもの我が家で、大好きな家族とともに笑顔で、当たり前に存在していたのです。

お互いを思い合う気持ちでつながり、当たり前に協力し合い、ありがとうって伝え合いながら
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